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サラエボ事件

Last-modified: 2018-09-09 (日) 21:12:51
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歴史Dランク

サラエボ事件(さらえぼじけん)

1914年 オーストリアの皇太子夫妻が,サラエボでセルビアの青年に暗殺された事件。 この事件がきっかけとなって,第一次世界大戦がはじまっている。

事件のおこったサラエボは,当時オーストリアが領有していたボスニアの中心都市である。


オスマン帝国の支配力が弱まっていたバルカン半島では,セルビアなどスラブ系民族の独立運動がさかんになり,南下政策をとるロシアがこれを支援していた。一方,ゲルマン系のオーストリアはドイツの助けを得てバルカン半島に勢力をのばそうとして,対立が深まっていた。

  • 1878年……ベルリン条約によって,セルビア,モンテネグロ,ルーマニアの独立が正式に承認される。一方,オーストリアにボスニアの行政権が認められる。
  • 1882年……セルビア王国が成立する。
  • 1908年……オーストリアがボスニアを併合(へいごう)する。ボスニアにはセルビア人が多く住んでいたことから,セルビアが強く反発する。
  • 1914年……サラエボを訪問していたオーストリアの皇太子夫妻が,セルビア人の青年に暗殺される。オーストリア政府はセルビアを非難し,反オーストリア活動の取り締まりなどを強く要求した。セルビアが要求の一部を留保(りゅうほ)すると,オーストリアはセルビアに宣戦布告し,これが第一次世界大戦のはじまりとなった。

【参考】

  • 厳密にいうと,暗殺されたのは皇太子夫妻ではなく皇位継承者夫妻である(正式な皇太子にはなっていなかった)。
  • はじめ夫妻ののっていた自動車に爆弾が投げつけられたが,夫妻は無傷であった。負傷者を見舞いに病院に向かうところを再び襲われ,2人とも射殺されている。