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フランス革命

Last-modified: 2019-09-12 (木) 15:12:35
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歴史Aランク

フランス革命(ふらんすかくめい)

1789年〜 国王が強い権力を持っていたフランスで,市民(豊かな商工業者)たちが中心となり,自由・平等の権利や憲法の制定を求めておこした革命。 自由,平等,人民主権などを定めた「人権宣言」は民主主義の原則を示したものとして重要であり,後世に大きな影響を与えている。

憲法のもとで国王が政治を行う立憲王政が確立したが,革命の影響を恐れる周囲の国々との戦争がはじまると,王政は廃止されて共和政となった。その後も政治の混乱が続くなかで,軍人のナポレオンが権力をにぎり,フランスの皇帝になっている。(ナポレオンの権力獲得によってフランス革命は終わったが,ナポレオンの政治は革命の理念をふくんだものになっている。)


【フランス革命】

フランスでは18世紀になっても議会は開かれず,国王が政治権力を独占していた(絶対王政)。国民は第一身分(聖職者)・第二身分(貴族)・第三身分(平民)に分けられ,第一身分・第二身分が免税などの特権を持つのに対して,第三身分は重い税に苦しんでいた。一方で,こうした政治や社会を批判する啓蒙(けいもう)思想が広まっていた。

  • 1787年……財政が行きづまるなかで,国王ルイ16世は第一身分・第二身分にも課税するために名士会(有力者を集めた会議)を開くが失敗する。貴族らは三部会の開催を主張する。(三部会は3つの身分の代表者を集めた会議のことで,絶対王政が確立されてからは開催されていなかった。)
  • 1788年……国王が貴族の拠点である高等法院を改革しようとして失敗,三部会の開催を求める。
  • 1789年
  • 5月……パリ郊外のベルサイユ宮殿で,170年ぶりに三部会が開催される。
  • 6月……議決方式をめぐって第一身分・第二身分と対立した第三身分が国民議会を結成し,憲法を制定するまで解散しないことを宣言する。
  • 7月……国王が第一身分・第二身分の国民議会合流を認め,憲法制定国民議会が成立する。国民議会を支持するパリの民衆がバスチーユ牢獄(ろうごく)を襲撃,地方でも農民暴動が多発する。
  • 8月……憲法制定国民議会が封建的特権の廃止を宣言,さらに人権宣言を採択する。
  • 10月……パリ民衆のベルサイユ行進。民衆の要求で,国王ルイ16世と憲法制定国民議会がパリへ移る。
  • 1790年
  • 7月……聖職者を公務員としてあつかう法律が制定され,ローマ・カトリック教会との対立が深まる。
  • 1791年
  • 6月……国外脱出をはかった国王一家がパリに連れ戻される。国民の国王に対する信頼が弱まる。
  • 8月……オーストリア皇帝とプロイセン王が,フランス革命に対処すべきであると表明する(ピルニッツ宣言)。憲法制定国民議会に圧力をかけたものだが,翌年の革命戦争のきっかけになる。
  • 9月……1791年憲法が制定され,立憲君主制が成立する。選挙権は一定の納税者だけに認められる(制限選挙)。憲法制定国民議会が解散する。
  • 10月……立法議会が成立する。
  • 1792年
  • 4月……立法議会がオーストリアに宣戦し,革命戦争がはじまる。
  • 7月……オーストリア軍,プロイセン軍がフランスに侵攻し,革命政府は「祖国の危機」を宣言する。
  • 8月……国王に不満を持つパリ民衆が宮殿を襲撃する。国王一家は捕らえられ,王権が停止する。
  • 9月……ヴァルミーの戦いでフランス軍がプロイセン軍に勝利する。立法議会にかわって,初めての男子普通選挙による国民公会が成立する。王政の廃止が決議され,共和制(第1共和制)になる。
  • 1793年
  • 1月……国王ルイ16世が処刑される。
  • 2月……オーストリア,イギリスなどによって第1次対仏大同盟が結成される。
  • 6月……ロベスピエールひきいるジャコバン派による独裁政権が成立する(ロベスピエールは弁護士出身の政治家,ジャコバン派はパリのジャコバン修道院を本拠にしたことによる名称)。1793年憲法が制定される(人民主権,男子普通選挙などを定める民主的な憲法であったが,実施されないまま廃止された)。
  • 9月……ジャコバン派による恐怖政治がはじまり,反革命派とみなされた人々が次々と処刑される。
  • 11月……革命暦が採用される。フランス革命史に出てくるテルミドール,ヴァンデミエール,ブリュメールなどは,革命暦で定められた月の名前である。
  • 1794年
  • 7月……フランス軍の勝利などによって国内の危機が弱まるなかで,支持を失ったロベスピエール派が逮捕されて処刑される(テルミドール反動)。
  • 1795年
  • 4月・5月……パリ民衆が2度にわたって蜂起(ほうき)するが軍によって鎮圧される。革命の中心が民衆から軍にうつったことを示す事件である。
  • 8月……1795年憲法制定。直接税を支払っている21歳以上の男子に選挙権を認める。
  • 10月……王党派のクーデターを軍人のナポレオンが鎮圧(ちんあつ)する(ヴァンデミエール・クーデター)。総裁政府(独裁を防ぐために5人の総裁から構成)が成立する。
  • 1796年
  • 3月……ナポレオンのイタリア遠征はじまる。イタリアを支配していたオーストリア軍と戦う。
  • 5月……総裁政府打倒を計画したバブーフが逮捕されるなど,政治の混乱が続く。
  • 1797年
  • 10月……ナポレオンがオーストリアと講和する(カンポ・フォルミオの和約)。第1次対仏大同盟は崩壊するが,フランスとイギリスの戦争が続く。
  • 1798年
  • 7月……ナポレオンひきいるフランス軍がエジプトに上陸する(イギリスに対抗するための遠征)。
  • 8月……アブキール湾の海戦でイギリス艦隊がフランス艦隊を撃破し,ナポレオンはエジプトに孤立する。
  • 12月……イギリス,オーストリア,ロシアなどが第2次対仏大同盟を結成する。
  • 1799年
  • 11月……エジプトから帰国したナポレオンが総裁政府を倒し,ナポレオンを第1統領とする統領政府が成立する(ブリュメール18日のクーデター)。

フランス革命の終わった時期については諸説があるが,1794年のテルミドール反動,または1799年のブリュメール18日クーデターで終わったとされることが多い。