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三国同盟

Last-modified: 2019-02-08 (金) 20:35:41
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歴史Aランク

三国同盟(さんごくどうめい)

1882年から1915年にかけて,ドイツ・オーストリア・イタリアが結んだ軍事同盟。 イギリス・フランス・ロシアの三国協商ときびしく対立し,第一次世界大戦がおこる大きな原因となった。

1879年にドイツとオーストリアが同盟を結んだのがはじまりで,1882年にフランスと対立したイタリアが加わって三国同盟になった。

  • ドイツ帝国……1871年成立。長い間分裂状態の続いていたドイツをプロイセン(プロシア)が中心となって統一したもので,プロイセン国王がドイツ皇帝となった。
  • オーストリア帝国……オーストリア(ドイツ人の国だが,プロイセンが中心となったドイツ帝国からは除外された)を中心とする多民族帝国。1867年から帝国内のハンガリーの自治を認めていたので(オーストリアの皇帝がハンガリー国王を兼ねた),三国同盟のときの正式な国名は「オーストリア・ハンガリー帝国」である。
  • イタリア王国……1861年成立。サルデーニャ王国が分裂していたイタリアを統一して建国したもの。三国同盟に参加したが,オーストリアとの間には領土問題があった。
  • サルデーニャ王国は北イタリアを支配していたオーストリアを破ってイタリア王国を建国したが,オーストリア領内に残った地域があり,「未回収のイタリア」とよばれていた。

第一次世界大戦がはじまるとイタリアは中立の立場をとり,1915年に「未回収のイタリア」の領有を条件として,連合国側(三国協商側)についてオーストリアに宣戦した。この結果,三国同盟は崩壊した。