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下関条約

Last-modified: 2019-05-27 (月) 14:26:48
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歴史Aランク

下関条約(しものせきじょうやく)

1895年 日清戦争の講和条約で,山口県下関市で調印された。

条約のおもな内容は次の通りである。

  • は朝鮮の独立を認める。
  • 清は日本に遼東(リアオトン)半島・台湾などをゆずる。
  • 遼東半島はロシア,フランス,ドイツの要求によって,清に返還されている(三国干渉)。
  • 台湾では清の残兵や一部住民の抵抗によって,下関条約成立後も戦闘が続いた。
  • 清は日本に2億(テール)の賠償金を支払う。
  • この賠償金は当時の日本の国家予算の約3.6倍にもなった。その大半は軍事費に使われている。
  • 賠償金はイギリスの金貨で支払われた。日本はこの金貨を準備金として金本位制度(金と交換できる紙幣を発行する制度)を確立している。

【参考】

日本側の全権は伊藤博文陸奥宗光,清側の全権は李鴻章(りこうしょう)らであった。

  • 政府から条約の交渉や調印の権限を与えられた者を全権という。
  • 下関での交渉中に李鴻章が日本人に銃撃されるという事件がおきている。