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五・一五事件

Last-modified: 2019-10-07 (月) 14:27:25
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歴史Aランク

五・一五事件(ごいちごじけん)

1932年 政党政治に不満をもつ海軍の青年将校らがおこした反乱事件で,政党内閣を終わらせることになった。 「五・一五」は事件がおきた日付(5月15日)である。

  • 青年将校らは首相官邸を襲い,犬養毅(いぬかいつよし)首相を射殺した。一部は日本銀行や警視庁などを襲撃したあと,ほとんどが自首した。
  • この事件によって1924年から続いていた政党内閣は終わり,軍人や官僚出身者が首相になって内閣をつくるようになった。(犬養の後任の首相となったのは海軍軍人の斉藤(まこと)である。斎藤は後に天皇を補佐する内大臣になったが,二・二六事件で射殺されている。)

将校は「少尉以上の軍人」のこと。陸軍の青年将校は時期が早すぎるとして五・一五事件には参加しなかったが(陸軍士官学校の生徒の一部が参加している),1936年に二・二六事件をおこしている。

【参考】

海軍の青年将校がねらっていたのは1930年にロンドン海軍軍縮条約を結んだ若槻礼次郎(わかつきれいじろう)首相であったとされる。満州事変をおさえることのできなかった若槻首相は1931年12月に辞職し,新首相となった犬養毅がおそわれることになった。