井伊直弼
Last-modified: 2019-07-23 (火) 21:09:42
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井伊直弼(いいなおすけ) †
1815年〜1860年 江戸幕府末期の大老で,日米修好通商条約を結び,安政の
江戸時代の末期,幕府は次のような大きな問題をかかえていた。
- 1853年に第13代将軍になった徳川家定は病弱であり,自身で政治をすすめることができなかった。家定には子がなかったこともあり,次の2人の間で将軍のあとつぎをめぐる争いがおきていた。
- 徳川
慶福 ……紀州徳川家の当主。1846年生まれで当時はまだ少年であったが,家定のいとこであり,保守派の大名などから支持を受けていた。
- 徳川慶喜……水戸徳川家出身で,当時は一橋家の当主。英明で知られ,幕府の政治改革を求める大名などから支持を受けていた。
- 1854年に結ばれた日米和親条約にもとづいて来日したアメリカ領事ハリスは,幕府に通商条約の締結を強く求めていた。1858年に幕府は朝廷の許可を得て条約を結ぼうとしたが,朝廷から拒否された。
1858年に保守派の支持で大老となった直弼は,朝廷の許可のないまま日米修好通商条約を結んだ。さらに徳川慶福を家定のあとつぎに決定した(同年,家定は亡くなり,慶福が