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享保の改革

Last-modified: 2019-05-08 (水) 14:37:48
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歴史Aランク

享保の改革(きょうほうのかいかく)

1716年〜 江戸幕府の第8代将軍徳川吉宗(よしむね)が行った幕政改革のこと。 享保は当時の元号である(1716年が享保元年)。

第5代将軍徳川綱吉の頃から幕府は財政難におちいっていたが,徳川吉宗は財政対策を中心に,次のような一連の改革を行った。

  • 質素・倹約(けんやく)や武芸をすすめて,武士の気風をひきしめる。
  • 家柄などにとらわれず,能力のある武士を高い役職に登用する。→足高(たしだか)の制
  • 足高は高い地位についているときだけ,その役職に見合った手当てを支給することで,役職を離れれば打ち切られた。身分と役職・手当てが結びついていた当時としては,大きな改革であった。
  • 参勤交代をゆるめるかわりに,大名に米を献上させる。→上米(あげまい)の令
  • 豊作・不作に関係なく年貢(ねんぐ)の率を一定にして,財政の安定を図る。
  • 年ごとに収穫量を調べて決めた年貢を納めさせることを検見法(けみほう),あらかじめ年貢の率を決めて毎年一定の年貢を納めさせることを上免法(じょうめんほう)という。検見法は経費がかかり農民の負担も大きくなることから,吉宗は定免法を採用することにした(定免法でも,不作がひどいときは年貢率の引き下げが行われた)。
  • 新田の開発を進める。
  • 飢饉(ききん)対策として,甘藷(かんしょ)(サツマイモ)の栽培を研究させる。
  • 目安箱を設置して,広く意見を集める。
  • キリスト教に関係のない漢訳洋書の輸入を認める。
  • 漢訳洋書は中国で漢文に翻訳されたヨーロッパの書物のこと。ヨーロッパの思想を危険視していた幕府は輸入を禁止していたが,吉宗は実学(実生活に役に立つ学問,医学・薬学・農学など)に関する書物については輸入を認めることにした。

享保の改革によって幕府の財政は一時的に立ち直った。しかし,農村の負担が大きいことから百姓一揆が増加し,江戸では初めての打ちこわしがおきている。