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十字軍

Last-modified: 2020-07-11 (土) 18:42:07
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歴史Aランク

十字軍(じゅうじぐん)

ローマ教皇のよびかけによって,聖地エルサレムをイスラム教徒から取り戻すためにヨーロッパから派遣された遠征軍。 11世紀末から13世紀にかけて,おもなものでも7〜8回の遠征が行われた。

イスラム教徒の抵抗によって,十字軍の遠征は失敗に終わったが,ヨーロッパ世界に次のような大きな影響をあたえた。

  • ローマ教皇の権威がおとろえる一方で,国王の力が強まることになった。
  • 東方との貿易がさかんになり,北イタリアなどで都市が発展した。
  • イスラムのすぐれた文化がヨーロッパに伝えられた。(古代のギリシャ・ローマの文化もイスラム文化を経由して伝えられている。)

こうして北イタリアから,人間中心の文化であるルネサンスが生まれることになった。


【おもな十字軍】

イスラム勢力の攻撃を受けたビザンツ帝国(東ローマ帝国)の皇帝がローマ教皇に援助を求めたことがきっかけで,ローマ教皇が聖地エルサレムの奪回を呼びかけ,十字軍の遠征がはじまった。

  • 第1回十字軍(1096〜1099)……ヨーロッパ各地の有力諸侯が参加。イスラム勢力が分裂していたこともあり,エルサレムの奪回に成功する。エルサレム王国などの十字軍国家が建国される。
  • 第2回十字軍(1147〜1148)……イスラム勢力の反撃に対抗したもの。フランス王,ドイツ王なども参加したが,まとまりがとれないまま攻撃に失敗し,撤退に追いこまれた。
  • 第3回十字軍(1189〜1192)……1187年に現在のイラク出身の武将サラディンがエルサレムを奪回したことからはじまる。大軍をひきいた神聖ローマ皇帝フリードリッヒ1世は途中で事故死し,フランス王フィリップ2世は病気を理由に帰国した。イギリス王リチャード1世とサラディンが戦うが,キリスト教のエルサレム巡礼を認めることを条件に休戦する。
  • 第4回十字軍(1202〜1204)……フランス貴族が中心となった十字軍。輸送を依頼したベネチア(イタリアの共和国で海洋国家として栄えた)に渡航費が払えないため,ベネチアと対立するキリスト教国を攻撃してしまったという「脱線十字軍」(イスラム勢力とは戦わなかった)。ビザンツ帝国をほろぼし,ラテン帝国を建国したが,1261年にビザンツ帝国は復活している。
  • 第5回十字軍(1218〜1221)……ハンガリー王やオーストリア公が参加し,イスラム勢力の本拠であるエジプトを攻撃した。首都カイロを目指して進撃するが,全軍が捕虜になってしまい失敗に終わる。
  • 第6回十字軍(1228〜1229)……ローマ教皇と対立して破門されていた神聖ローマ皇帝フリードリッヒ2世による十字軍。フリードリッヒ2世はイスラム側と交渉して,ほとんど戦わないままでエルサレムを奪回している。
  • 第7回十字軍(1248〜1249)……1244年にイスラム側がエルサレムを攻め落とす。フランス王ルイ9世がエジプトを攻撃するが,敗北して捕虜になる。身代金を払って釈放され,フランスに帰国する。
  • 第8回十字軍(1270)……ルイ9世が再出兵してチュニジアを攻撃するが,同年病死する。

1291年にエルサレム王国が滅亡し,十字軍は失敗に終わった。