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南朝

Last-modified: 2017-05-16 (火) 17:08:57
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歴史Dランク

南朝(なんちょう)

後醍醐(ごだいご)天皇が,吉野(よしの)(奈良県)に開いた朝廷。 足利尊氏が京都にたてた朝廷(北朝)と戦ったが(南北朝の内乱),形勢ははじめから不利であった。賀名生(あのう)(奈良県),住吉(大阪府)に本拠をうつしながら抵抗を続けたが,1392年に南朝の天皇が北朝の天皇に位を譲る形で,南北朝は合一した。

【参考】

  • 正平(しょうへい)の一統……1351年,弟の直義(ただよし)と対立した足利尊氏が南朝に降伏したことから,南朝が京都を奪い,短期間だが南北朝が統一したこと。翌52年に京都を奪回した尊氏が新しく天皇をたてたため,再び南北朝に分裂した。
  • 後南朝……足利義満が北朝の天皇と南朝の天皇を交互にたてるという約束を守らなかったことから,南朝の皇統の子孫や家臣が行った運動。京都の御所に乱入して三種の神器を奪うという事件もおこしている。応仁の乱で西軍に南朝の王が参加したことが最後の記録で,その後のことは分かっていない。
  • 南北朝正閏(せいじゅん)問題……明治時代になって,南朝と北朝のどちらを正統とするかが大きな問題になったこと。南朝が正統とされ,以後は「吉野朝」とよばれることになった。(南朝という語が復活したのは,第二次世界大戦後である。)