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太閤検地

Last-modified: 2017-03-13 (月) 12:28:56
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歴史Aランク

太閤検地(たいこうけんち)

1582年〜 豊臣秀吉によって行われた,全国的な土地調査のこと。 村ごとに田畑の面積や生産量,耕作人などを調査し,生産量は石高(こくだか)で示して,検地帳に記録させた。

  • 太閤……摂政関白の地位を子弟にゆずった人のことだが,たんに「太閤」というときは豊臣秀吉を指すことが多い。秀吉が太閤になったのは1591年だが,それ以前の検地もふくめて太閤検地とよんでいる。(「閤」に注意。漢字を間違って「閣」と書かないこと!)
  • 検地……戦国大名や江戸時代の大名も領国の検地を行っている。太閤検地は,全国的な検地として重要である。
  • 石高……米のとれ高のことで,年貢をかけるときの基準となった。太閤検地では,畑や屋敷地についても米がとれるものとして石高を定めた。

太閤検地によって荘園はなくなり,武士が全国の土地と農民を直接支配することになった。また農民は土地を耕作する権利を認められたが,石高に応じた年貢を納める義務を負わされ,自由に土地を移ることができなくなった。