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山城国一揆

Last-modified: 2020-12-07 (月) 16:06:22
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歴史Cランク

山城国一揆(やましろのくにいっき)

1485年〜1493年 山城国(京都府南部)で,武士と農民が一揆を結んで守護大名を追い出し,8年間の自治を行ったこと。 代表的な国一揆である。

守護大名畠山(はたけやま)氏のあとつぎ争いは応仁の乱の原因の一つとなったが,この争いは応仁の乱の後も続けられた。山城国南部はその戦場となり,畠山氏の両軍が勝手に関所をつくって交通をさまたげたり,荘園から年貢を奪ったりしていた。これに苦しんだ山城国の武士や農民が協力して,畠山氏の両方の軍勢を追い出した。

  • 36人の代表が宇治の平等院に集まり,独自の(おきて)を定めて,自治を行った。
  • 1493年に内部対立によって一揆は解体し,幕府が任命した新しい守護の支配下におかれた。