トップ   差分 バックアップ リロード   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS


岩倉具視

Last-modified: 2018-09-18 (火) 22:06:46
Top / 岩倉具視

歴史Cランク

岩倉具視(いわくらともみ)

1825年〜1883年 江戸時代末期・明治時代初期の政治家。 公家の出身。薩摩藩などと協力して倒幕運動を進め,王政復古のクーデターを成功させた。明治政府では参与・右大臣などの要職につき,岩倉使節団をひきいて欧米を視察した。


【岩倉具視】

堀川家にうまれ,岩倉家の養子になる。岩倉家は村上源氏(村上天皇の皇子が「源」の姓を授けられることによってはじまった公家)の一門である。

  • 1858年……幕府が朝廷にアメリカと通商条約を結ぶことの許可を求めたのに対して,反対運動をおこす。
  • 1860年……孝明(こうめい)天皇の妹和宮(かずのみや)を第14代将軍徳川家茂(いえもち)の妻にすることに賛成する。幕府に対する朝廷の影響力を強めることが目的であった。
  • 1862年……尊王攘夷(そんのうじょうい)派から幕府に味方する者として攻撃され失脚,出家して朝廷を去った。(京都からの追放を命じられ,京都郊外で5年間謹慎生活を続けることになった。)
  • 1871年……欧米使節団の特命全権大使となり,欧米諸国を視察する。
  • 1874年……不平士族におそわれて負傷する。
  • 1881年……伊藤博文に求められ,大隈重信の政府追放と10年後の国会開設を認める。
  • 1882年……憲法調査のため,伊藤博文をヨーロッパに派遣する。
  • 1883年……ガンのため死去し,日本初の国葬が行われる。