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建武の新政

Last-modified: 2019-05-13 (月) 14:06:20
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歴史Aランク

建武の新政(けんむのしんせい)

1334年〜1336年 後醍醐(ごだいご)天皇が行った,天皇中心の新しい政治のこと。

鎌倉幕府をほろぼした後醍醐天皇は,年号を建武と改め(1334年),天皇親政による新しい政治を目指した。(「親政」は君主自身が政治を行うこと。)

  • 天皇は武士の政治を否定し,公家(貴族)を重視する政治を行ったため,武士の不満が高まった。
  • 新たな御所を建てることやそのための増税を計画して民衆の反発を受けるなど,政策の失敗も相次いだ。

足利尊氏が武家政治の復活をめざして兵をあげると,建武の新政はわずか2年ほどでくずれてしまった。

【参考】

  • 二条河原(にじょうがわら)落書(らくしょ)……1334年に京都の二条河原にかかげられたという匿名(とくめい)の文書。建武の新政の混乱ぶりを批判したものとして有名である。