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徳川慶喜

Last-modified: 2018-05-28 (月) 15:52:50
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歴史Bランク

徳川慶喜(とくがわよしのぶ)

1837年〜1913年 江戸幕府の第15代将軍で,大政奉還(たいせいほうかん)を行った。

倒幕運動が高まるなかで,政権を天皇に返した(大政奉還)。翌年,新政府が慶喜に官職と領地の返上をせまると,鳥羽・伏見の戦いをおこすが敗北し,江戸に帰還した。新政府軍が江戸にせまるなかで,江戸城を開城し,政治の世界から去った(ただし,明治時代に貴族院議員になっている)。

王政復古の大号令によって征夷大将軍が廃されたことから,慶喜は「最後の将軍」ともよばれている。


【徳川慶喜】

水戸(みと)藩主徳川斉昭(なりあき)の7男で,一橋(ひとつばし)家(8代将軍徳川吉宗の血筋)の養子になる。第13代将軍徳川家定(いえさだ)が病弱で子も無かったことから,次期将軍の有力な候補とされていた。

  • 1858年
  • 5月……大老井伊直弼が,紀州藩主徳川慶福(よしとみ)を次期将軍に決定する。
  • 6月……井伊直弼が日米修好通商条約を結ぶ。これに抗議した慶喜は謹慎(きんしん)を命じられる。
  • 10月……徳川慶福が第14代将軍になり,名を家茂(いえもち)と改める。
  • 1862年……第14代将軍徳川家茂の後見職として,政界に復帰する。
  • 1864年……朝廷を警護する役職に任命され,京都で活動する。
  • 1866年……急死した家茂を継いで第15代将軍となる。フランスの協力を得て幕府の軍制改革に努力する。
  • 1867年……倒幕派に対抗するため,政権を朝廷に返す(大政奉還)。倒幕派は王政復古の大号令を発し,慶喜を除いた新政府の樹立を決定する。
  • 1868年……鳥羽・伏見の戦いに敗れて江戸に帰る。新政府に従うことを決意して,江戸城を無血開城する。
  • 1902年……公爵の位を授けられる。