日ソ中立条約
Last-modified: 2019-08-08 (木) 12:29:38
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日ソ中立条約(にっそちゅうりつじょうやく) †
1941年 日本とソ連の間で結ばれた中立条約。
おもな内容は次の通りである。
- 両国は平和友好関係を維持し,相互の領土保全と
不可侵 (侵略を許さないこと)を尊重する。
- 一方が他国の軍事行動の対象になった場合,もう一方は中立を守る。
- 有効期間は5年で,満了の1年前までにどちらかの国が廃棄を通告しない場合,さらに5年間自動延長される。
南進(石油などの資源が豊富な東南アジアへ勢力を拡大すること)をはかる日本が,北方の安全を確保するために結んだ条約である。
【日ソ中立条約】
- 1938年……「満州国」の国境付近で日本軍とソ連軍が戦う
張鼓峰 事件がおこる。
- 1939年……「満州国」とモンゴル人民共和国の国境紛争がきっかけとなって,日本軍とソ連軍が戦うノモンハン事件がおこる。
- 1940年……日独伊三国同盟が成立する。
- 1941年
- 4月……日ソ中立条約が結ばれる。(日本政府内には,ソ連を加えた四国同盟を結成して,アメリカに対抗する構想があった。ただし,ドイツはすでにソ連侵攻の準備を進めていた。)
- 6月……独ソ不可侵条約を破ったドイツが,ソ連に侵攻する。
- 7月……「満州国」で関東軍による大規模な軍事演習が行われる(ソ連との開戦を準備したものとされるが,実行はされなかった)。日本が南部フランス領インドシナに進駐し,南進を明確にする。
- 1945年
- 2月……連合国首脳によるヤルタ会談が開かれ,ソ連の対日参戦と千島列島・南樺太の領有を定める秘密協定が結ばれる。
- 4月……ソ連が1年後に期限切れとなる日ソ中立条約を延長しないことを,日本政府に通告する。
- 8月8日……日ソ中立条約を破ったソ連が,ポツダム宣言への参加を表明した上で,日本に宣戦布告する。