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日中共同声明

Last-modified: 2019-12-24 (火) 15:51:47
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歴史Bランク

日中共同声明(にっちゅうきょうどうせいめい)

1972年 日本と中国が国交を結ぶために調印した共同声明。 この共同声明によって,日本と中国の大半を統治する中華人民共和国との間で国交が結ばれたことを日中国交正常化という。


【第二次世界大戦後の日本と中国の関係】

  • 1949年に内戦に敗れた国民政府が台湾に逃れ,大陸には中国共産党による中華人民共和国が成立した。国民政府(中華民国)と中華人民共和国はそれぞれが中国を代表する政府であると主張したため,両方と国交を結ぶことはできなかった。冷たい戦争を反映して,おもに資本主義国は国民政府と,社会主義国は中華人民共和国と国交を結んだ。(当時の日本は連合国軍の占領下にあり,外交権を停止されていたので,どの国とも国交が結べなかった。)
  • 1951年に独立を回復した日本は,1952年に台湾の国民政府と平和条約を結び,国交を回復した(国民政府を支持するアメリカ合衆国政府のすすめがあったとされる)。中華人民共和国とは,平和条約も国交も結ばれない状態が長期間続くことになった。
  • 1971年に国際連合における中国の代表権を中華人民共和国が獲得した(日本やアメリカは反対したが,多数決で敗れている)。それまで中国を代表していた国民政府は国際連合から追放された。
  • 1972年にアメリカ合衆国のニクソン大統領が中華人民共和国の首都である北京(ペキン)を訪問した。同年,日本の田中角栄(かくえい)首相も北京を訪問し,中華人民共和国政府を中国唯一の政府と認める日中共同声明に調印して,国交を結んだ。なお,アメリカ合衆国と中華人民共和国の国交が結ばれたのは1979年である。
  • 日中共同声明は条約の形をとっていないが,6年後の1978年に日中平和友好条約が結ばれている。

日中共同声明によって,日本と国民政府の平和条約は破棄(はき)され,国交も断絶した。現在,日本政府は台湾を中国の一部とする立場をとり,独立国としては認めていない。