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本能寺の変

Last-modified: 2018-09-04 (火) 12:36:22
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歴史Dランク

本能寺の変(ほんのうじのへん)

1582年 全国統一を目指していた織田信長が,家臣の明智光秀(あけちみつひで)にそむかれて京都の本能寺で自殺した事件。 

織田信長から中国地方の毛利(もうり)氏攻撃を命じられていた明智光秀だが,信長を裏切って,宿泊先の本能寺を攻撃した。大軍に包囲された信長は本能寺に火をつけて,自殺している。なお,信長の長男の信忠(のぶただ)も光秀に攻められ,同じ日に京都の二条御所で自殺している。

明智光秀は本能寺の変から13日後,豊臣秀吉に敗れ,逃走中に殺されている。このこともあって,光秀が本能寺の変をおこした理由ははっきりとは分かっていないが,特に有力とされるのは次の2つの説である。

  • 信長に代わって自分が天下の支配者になろうとした(野望説)。
  • これまでの信長の仕打ちに対するうらみをはらそうとした(怨恨(えんこん)説)。