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松平定信

Last-modified: 2019-04-24 (水) 14:19:33
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歴史Aランク

松平定信(まつだいらさだのぶ)

1759年〜1829年 江戸時代中期の老中で,寛政の改革を行った。


【松平定信】

  • 1759年……田安(たやす)家初代当主の七男として生まれる。田安家は第8代将軍徳川吉宗の次男がたてたもので,定信は吉宗の孫にあたる。
  • 1774年……白河藩(福島県)主の松平家の養子となる。
  • この松平家は徳川家康の異父弟の血筋で,譜代大名に属する。(老中は譜代大名から任命されるので,松平家の養子になっていなければ,定信は老中にはなれなかったことになる。)
  • 1783年……白河藩主となる。天明のききんの被害を最小限におさえて(藩内から餓死者を1人も出さなかったとされる),幕府から認められる。
  • 1787年……老中となり,第11代将軍家斉(いえなり)を補佐して寛政の改革をおし進めた。
  • 1793年……きびしすぎる改革が批判を集めたこともあり,老中を辞職する。