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田中正造

Last-modified: 2017-04-06 (木) 16:14:18
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歴史Bランク

田中正造(たなかしょうぞう)

1841年〜1913年 明治時代の政治家で,足尾銅山鉱毒事件で農民の救済に努力した。 栃木県の生まれ。自由民権運動に参加し,1890年には立憲改進党から立候補して衆議院議員に当選した。足尾銅山鉱毒事件に取り組み,政府に農民の救済などを求めた。1901年に議員を辞職,同年明治天皇に直訴(じきそ)したが,政府に無視されてしまった。その後も谷中(やなか)村の廃村に反対して,同地に住み続けた。活動中に支援者の家で倒れて病死した。

  • 足尾銅山鉱毒事件……足尾銅山の鉱毒が渡良瀬(わたらせ)川に流出して,流域の田畑が荒廃(こうはい)した事件。
  • 谷中村……渡良瀬川下流の村。政府はここを遊水池にするために,強制的に廃村にして,村民を北海道に移住させた。