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自由民権運動

Last-modified: 2017-03-01 (水) 14:29:00
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歴史Aランク公民Dランク

自由民権運動(じゆうみんけんうんどう)

1870年代の日本で高まった,自由と政治参加を求める国民的な運動。 藩閥政治をきびしく批判し,国会の開設・地租(ちそ)の軽減・条約改正などを要求した。

自由民権運動が高まるなかで,政府は1881年に10年後の国会開設を約束した。しかし,政府の弾圧や民権派の一部の過激化などによって,自由民権運動は次第におとろえていった。


【自由民権運動】

  • 1874年……板垣退助らが愛国公党を結成し,民撰議院設立建白書を政府に提出する。さらに高知に立志社を設立し,民権思想の普及につとめる。はじめは士族中心の運動であった。
  • 民撰議院……国会のこと。国民に選挙された議員からなる国会が政治の方針を決めることを要求した。
  • 1875年……立志社を中心に全国的な組織として愛国社が結成される。政府は大阪会議を開いて板垣を政府に復帰させる一方で(板垣は数ヶ月で辞職),讒謗律(ざんぼうりつ)や新聞紙条例を制定して,言論をきびしく取り締まった。
  • 讒謗律……事実の有無に関係なく,著作物を通じて他人を批判することを禁止した。
  • 新聞紙条例……新聞が政府などを批判することを禁止した。
  • 1877年……西南戦争おこる(最後の士族の反乱)。この頃から,自由民権運動は都市の知識人や地方の有力な農民の間にも広まっていった。
  • 1879年……政府が府県会を開き,国民の地方政治参加の道が開ける。
  • 府県会……公選の議員(選挙権は地租5円以上を納める20歳以上の男子に認められた)から構成され,予算の審議などを行った。
  • 1880年……大阪に全国の自由民権運動の代表が集まり,国会期成同盟(愛国社から改称)が成立する。
  • 1881年……開拓使官有物払い下げ事件がおこり,国民の政府批判が高まる。政府は国会開設の勅諭(ちょくゆ)を出して10年後の国会開設を約束する一方で,国会の早期開設を主張した大隈重信を政府から追放する。板垣退助を党首に自由党が結成される。
  • 開拓使官有物払い下げ事件……政府が北海道開発のためにつくった施設を,薩摩藩出身者の経営する商会に安く売り払おうとしたこと。
  • 1882年……政府を追放された大隈重信を党首に立憲改進党が結成される。政府の財政引きしめの影響で農民の生活が苦しくなり,農民と自由党員の一部が結びついて政府に反抗する激化事件が各地でおこる。
  • 1884年……激化事件をおさえられなかった自由党が解散する。秩父事件(最大の激化事件)おこる。
  • 1887年……外交政策の転換・言論集会の自由・地租軽減を求める三大事件建白運動がおこり,自由民権運動が再び高まる。政府は保安条例を制定して運動を弾圧する。
  • 保安条例……政府が危険と判断した者を,皇居から12km外の地に追放することを定める。中江兆民ら570名が追放された。
  • 1890年……第1回衆議院議員選挙が行われ,第1回帝国議会が召集される。きびしい制限選挙であったが,衆議院議員の多くを自由民権運動出身者が占めて,「民党」とよばれた。