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西南戦争

Last-modified: 2018-09-11 (火) 09:35:35
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歴史Aランク

西南戦争(せいなんせんそう)

1877年 西郷隆盛(さいごうたかもり)を中心とする鹿児島県の士族(もとの武士)がおこした反乱。 徴兵令によって近代的な軍隊を組織していた政府軍によって,反乱は鎮圧(ちんあつ)されている。

西南戦争を最後に武力による士族の反乱はなくなり,言論による自由民権運動が広まることになった。


【士族の反乱】

  • 1873年
  • 1874年
  • 2月……江藤新平らが佐賀の乱をおこす。短期間で政府軍によって鎮圧され,4月には江藤らが処刑される。
  • 6月……西郷隆盛が鹿児島に私学校を設立する。
  • 1876年
  • 3月……政府が廃刀(はいとう)令を出す。帯刀の禁止に対して士族の不満が高まる。
  • 10月……熊本県で神風連(じんぷうれん)の乱,福岡県で秋月(あきづき)の乱,山口県で(はぎ)の乱がおこるが,どれも政府軍に鎮圧される。
  • 1877年
  • 1月……私学校の生徒が鹿児島の陸軍弾薬庫を襲撃する。
  • 2月……西郷が挙兵する。1万3000の軍勢で進軍し,陸軍の立てこもる熊本城を包囲する。
  • 3月……熊本県北部の田原坂(たばるざか)などで西郷軍と政府軍が激戦。政府軍が熊本県南部の八代(やつしろ)に上陸し,西郷軍をはさみうちする体制ができる。
  • 4月……西郷軍が熊本から退却,政府軍の優位が明らかになる。
  • 5月……政府軍が鹿児島に入る。西郷軍は宮崎に拠点を移して抵抗を続ける。
  • 8月……西郷が軍に解散を命じる。残りの兵をひきいた西郷は政府軍の包囲を破って鹿児島を目指す。
  • 9月……西郷軍が鹿児島の城山(しろやま)に入る。政府軍の総攻撃を受けるなかで西郷が自殺し,西南戦争が終わる。