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鎌倉幕府

Last-modified: 2018-05-28 (月) 12:50:07
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歴史Aランク

鎌倉幕府(かまくらばくふ)

1185年(諸説あり)〜1333年 頼朝(よりとも)によって開かれた,鎌倉(神奈川県)を拠点とする武家政権。 将軍と御家人から構成され,両者は土地を仲立ちとする御恩奉公の関係で結ばれていた。

源氏の将軍は3代で絶え,以後は摂関家や皇族の子弟が将軍となったが,北条氏(頼朝の妻,北条政子の実家)が執権の地位を独占して政治を動かした。承久の乱の勝利によって全国的な支配権を確立したが,元寇後は次第におとろえ,1333年に後醍醐天皇に従う軍勢に攻めほろぼされた。

【鎌倉幕府はいつはじまったか】

かつては,頼朝が征夷大将軍になった1192年を,幕府のはじまった年とすることが多かった。しかし,幕府はもともと将軍の陣営のことであり,武家政権が「幕府」とよばれるようになったのは,頼朝以降のことである。したがって,「頼朝が将軍になって幕府を開いた」というよりも,「幕府を開いた頼朝が将軍になった」という方が正しい。そのため,幕府がはじまった年として,次のような説があげられるようになっている。(1185年説がいちばん有力とされている。)

  • 1180年説……鎌倉に頼朝の御所が置かれ,侍所が設置された年。
  • 1183年説……頼朝が朝廷から東日本の土地支配権を求められた年。
  • 1185年説……頼朝が朝廷から守護地頭の設置を認められた年。
  • 1189年説……頼朝が奥州藤原氏を攻めほろぼした年。
  • 1192年説……頼朝が朝廷から征夷大将軍に任じられた年。

【鎌管幕府の歴代将軍】

  • 源頼朝……初代将軍(在職1192年〜1199年)。平氏をほろぼし,鎌倉に幕府を開いた。
  • 頼家(よりいえ)……第2代将軍(在職1202年〜1203年)。頼朝の子。北条氏によって将軍の地位を奪われ,のちに暗殺された。
  • 実朝(さねとも)……第3代将軍(在職1203年〜1219年)。頼朝の子,頼家の弟。頼家の子に暗殺され,源氏の将軍は3代で断絶することになった。
  • 藤原頼経(よりつね)……第4代将軍(在職1226年〜1244年)。藤原氏の出身だが,頼朝の妹の血をひく(両親がともに頼朝の妹の孫にあたる)ことから将軍にむかえられた。
  • 藤原頼嗣(よりつぐ)……第5代将軍(在職1244年〜1252年)。頼経の子。
  • 宗尊親王(むねたかしんのう)……第6代将軍(在職1252年〜1266年)。後嵯峨(ごさが)天皇の第一皇子。
  • 惟康(これやす)親王……第7代将軍(在職1266年〜1289年)。宗尊親王の子。1270年に貴族となって源惟康を名のったが,1287年に皇族にもどっている。
  • 久明(ひさあきら)親王……第8代将軍(在職1289年〜1308年)。後深草天皇の第六皇子。
  • 守邦(もりくに)親王……第9代将軍(在職1308年〜1333年)。久明親王の子。鎌倉幕府滅亡と同時に将軍を辞職し,出家した。