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長州征討

Last-modified: 2017-05-15 (月) 16:57:03
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歴史Dランク

長州征討(ちょうしゅうせいとう)

江戸幕府が2度にわたって長州藩を攻撃したこと。

尊王攘夷運動の中心になっていた長州藩は,1863年に会津藩・薩摩藩などの公武合体派のクーデターによって,京都から追放されていた。1864年,長州藩は地位回復を求めて京都に攻め上ったが,会津藩・薩摩藩などに敗れて撤退した。

  • 第一次長州征討(1864年)……京都を攻めた長州藩を処罰するために行われた。征討軍の参謀(さんぼう)となった薩摩藩の西郷隆盛交渉(こうしょう)にあたり,戦わずして長州藩を降伏させた。征討軍の撤退後,長州藩では高杉晋作(しんさく)らが挙兵して政権をにぎった。
  • 第二次長州征討(1866年)……幕府にしたがわない長州藩に対して再征討が行われたが,倒幕派になっていた薩摩藩は薩長同盟を結び,参加を拒否した。今回は長州藩の周辺で戦闘が起こったが,征討軍の敗戦が続いた。将軍徳川家茂(いえもち)が大阪城で急死したこともあり,停戦となった。

第二次長州征討の失敗によって,幕府の無力が明らかにされることになった。