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ポツダム宣言 のバックアップ(No.2)



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ポツダム宣言(ぽつだむせんげん)

1945年 第二次世界大戦の末期,連合国が日本の降伏条件などを発表したもの。 日本政府がポツダム宣言を受け入れて降伏したことから,連合国の占領政策の基本になった。

【ポツダム宣言で定められた対日処理方針】

  1. 日本の軍国主義を廃止し,軍国主義指導者の権力・勢力を永久に除去する。
  2. 「平和,安全および正義の新秩序」が建設されるまで,連合軍が日本を占領する。
  3. 日本の領土を本州,北海道,九州,四国と連合軍が決定する諸小島に制限する。
  4. 日本の軍隊を完全に武装解除し,兵士を復員させる。
  5. 戦争犯罪人を処罰する。日本国内における言論・宗教・思想の自由と基本人権を尊重する。
  6. 軍需生産を禁止する。
  7. 前記の諸目的が達成され,日本国民の自由意思による平和的政府が樹立されたあと,占領軍は撤退する。
  8. 日本の軍隊は無条件降伏する。

【ポツダム宣言受諾までの動き】

  • 7月17日……ベルリン郊外のポツダムでアメリカ,イギリス,ソ連の首脳による会談(ポツダム会談)がはじまる。
  • 7月26日……アメリカ,イギリス,中国の名でポツダム宣言が発表される。
  • ソ連は日本と中立条約を結んでいたため宣言には参加しなかった。
  • 中国は会談には参加していなかったが,無線連絡で宣言を了承した。なお,この中国とは中華民国のことである。
  • 7月28日……日本政府はポツダム宣言を黙殺(もくさつ)することを言明する。
  • 8月6日……広島に原爆が投下される。
  • 8月8日……ソ連が中立条約をやぶって日本に宣戦,同時にポツダム宣言に参加する。
  • 8月9日……長崎に原爆が投下される。日本政府は御前(ごぜん)会議で「国体の護持(ごじ)」を条件にポツダム宣言を受諾することをを決定,翌日連合国に連絡する。
    • 御前会議……重要な国策を決めるために,天皇が参加して行う会議のこと。
  • 国体の護持……ここでは天皇制を維持すること。
  • 8月11日……アメリカ政府の回答が届くが,国体の護持が約束されていないとして,軍部の一部が反発する。
  • 8月14日……再び御前会議が開かれ,ポツダム宣言受諾の詔勅(しょうちょく)(天皇の意思を示す公文書)が発せられる。この決定はスイスを通じて,連合国に伝えられた。
  • 8月15日……天皇が日本の降伏を国民に放送で伝える(玉音放送)。
    • 14日深夜から15日朝にかけて,陸軍の青年将校の一部が玉音放送を阻止するためにクーデターをおこそうとするが失敗する(宮城事件)。