トップ   一覧 単語検索 最終更新   ヘルプ   最終更新のRSS


奥州藤原氏 のバックアップ(No.1)



歴史Bランク

奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし)

平安時代の後半に東北地方を支配した豪族。 平泉(ひらいずみ)(岩手県)を拠点とし,京都の文化を受け入れて,中尊寺金色堂(こんじきどう)を建てた。1189年,源頼朝に滅ぼされた。

【参考】

  • 藤原清衡(きよひら)……父の藤原経清(つねきよ)は,前九年の役で安倍氏に味方して処刑された。母が出羽(でわ)の豪族,清原氏に再嫁したことから,清原氏の養子となり,清原清衡と名のった。後三年の役で源義家(よしいえ)に協力して清原氏を滅ぼし,陸奥(むつ)・出羽を支配した。姓を藤原にもどし,奥州藤原氏の祖になった。
  • 藤原基衡(もとひら)……清衡の子で奥州藤原氏の第2代当主。
  • 藤原秀衡(ひでひら)……基衡の子で奥州藤原氏の第3代当主。若き日の源義経を養育する。兄の源頼朝と対立した義経を平泉に迎えたが,直後に病死する。
  • 藤原泰衡(やすひら)……秀衡の子で奥州藤原氏の第4代当主。源頼朝の要求を受けて,源義経を攻め殺した。しかし,頼朝は大軍をひきいて奥州藤原氏を攻撃し,敗れた泰衡は逃亡中に殺された。