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奥州藤原氏 のバックアップ差分(No.2)



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[[歴史Bランク]]

**奥州藤原氏(おうしゅうふじわらし) [#a06151d7]

&color(mediumblue){平安時代の後半に東北地方を支配した豪族。}; &ruby(ひらいずみ){平泉};(岩手県)を拠点とし,京都の文化を受け入れて,[[中尊寺]]&ruby(こんじきどう){金色堂};を建てた。1189年,[[源頼朝]]に滅ぼされた。 
&color(mediumblue){平安時代の後半に東北地方を支配した豪族。}; &ruby(ひらいずみ){平泉};(岩手県)を拠点とし,京都の文化を受け入れて,[[中尊寺]]&ruby(こんじきどう){金色堂};を建てた。1189年,[[源頼朝]]によって攻めほろぼされている。 

【参考】 

-藤原&ruby(きよひら){清衡};……父の藤原&ruby(つねきよ){経清};は,前九年の役で安倍氏に味方して処刑された。母が&ruby(でわ){出羽};の豪族,清原氏に再嫁したことから,清原氏の養子となり,清原清衡と名のった。後三年の役で源&ruby(よしいえ){義家};に協力して清原氏を滅ぼし,&ruby(むつ){陸奥};・出羽を支配した。姓を藤原にもどし,奥州藤原氏の祖になった。 
11世紀の後半,東北地方では武士の争いから前九年合戦・後三年合戦という大きな戦乱がおきた。この争いをしずめて,東日本で勢力を広げたのが源&ruby(よしいえ){義家};である。

-藤原&ruby(きよひら){清衡};……後三年合戦で源義家に協力し,&ruby(むつ){陸奥};(岩手県)を支配するようになった。奥州藤原氏の初代当主とされる。

-藤原&ruby(もとひら){基衡};……清衡の子で奥州藤原氏の第2代当主。 

-藤原&ruby(ひでひら){秀衡};……基衡の子で奥州藤原氏の第3代当主。若き日の[[源義経]]を養育する。兄の源頼朝と対立した義経を平泉に迎えたが,直後に病死する。 
-藤原&ruby(ひでひら){秀衡};……基衡の子で奥州藤原氏の第3代当主。若き日の[[源義経]]を養育する。兄の源頼朝と対立して京都から脱走した義経を平泉に迎えたが,直後に病死する。 

-藤原&ruby(やすひら){泰衡};……秀衡の子で奥州藤原氏の第4代当主。源頼朝の要求を受けて,源義経を攻め殺した。しかし,頼朝は大軍をひきいて奥州藤原氏を攻撃し,敗れた泰衡は逃亡中に殺された。