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日朝修好条規 のバックアップの現在との差分(No.2)



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[[歴史Aランク]]

**日朝修好条規(にっちょうしゅうこうじょうき) [#t6a541f1]

1876年 &color(mediumblue){&ruby(こうかとう){江華島};事件をきっかけに,日本と朝鮮が結んだ条約。};
1876年 &color(mediumblue){&ruby(こうかとう){江華島};事件をきっかけに,日本と朝鮮が結んだ条約。}; この条約によって日本は朝鮮を開国させ,&ruby(プサン){釜山};など3港で貿易をすることなどを決めた。

-この条約によって朝鮮は開国し,&ruby(プサン){釜山};など3港で貿易が始まった。
-朝鮮を日本と平等の権利を持つ自主の国(独立国)であると定めた。

-朝鮮の開港地における日本の[[領事裁判権]]を認めさせるなど,朝鮮に不利な不平等条約であった。

日朝修好条規は朝鮮を独立国と認めるなど,これまでの中国を中心とするアジアの伝統的な国際関係を否定するものになっていた。このため,日本と中国([[清]])の対立が深まることになった。
【注意】

東アジアでは,中国の皇帝が周辺の国王と君臣関係を結び,その統治を認めるという体制が長く続いていた。日朝修好条規で日本が[[朝鮮国]]を独立国としたことや,[[琉球処分]]で[[琉球王国]]を沖縄県としたことは,こうした伝統的な体制を否定するものであり,日本と中国([[清]])の対立が深まることになった(朝鮮国も琉球王国も,清と君臣関係を結んでいた)。