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東廻り航路 のバックアップの現在との差分(No.1)



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[[歴史Dランク]]

**東廻り航路(ひがしまわりこうろ) [#jfc4c64d]

&color(mediumblue){江戸時代に整備された,日本海沿岸から津軽海峡を通り,太平洋岸に沿って江戸に達する航路。}; 東北地方の幕府領の米を江戸に運ぶのに利用された。 
&color(mediumblue){江戸時代に整備された,日本海沿岸から津軽海峡を通り,太平洋岸に沿って江戸に達する航路。}; 東北地方の幕府領の米を江戸に運ぶのに利用された。

それまでは&ruby(ちょうし){銚子};で米を&ruby(にあ){荷揚};げし,&ruby(とね){利根};川や江戸川経由で江戸に運んでいた。東廻り航路は&ruby(ぼうそう){房総};半島沖を通って三崎または下田に至り,そこから江戸湾に入るもので,大量輸送が可能になった。
&ruby(いぬぼうさき){犬吠埼};(関東平野最東端の岬)沖の航海が当時の船では危険であったことから,次のような航路がとられた。

#ref(http://on-study.jp/images2/koro.swf,画像を見る) 
-当初の航路……犬吠埼手前の&ruby(ちょうし){銚子};で米を&ruby(にあ){荷揚};げし,川船を使って&ruby(とね){利根};川や江戸川経由で江戸に運んだ。

-1671年に開かれた新しい航路(これを特に東廻り航路とよぶこともある)

--&ruby(ぼうそう){房総};半島沖を大きく&ruby(うかい){迂回};して,伊豆の下田か&ruby(さがみ){相模};の三崎まで行く。

--下田か三崎で風をまち,東京湾に入って直接江戸まで米を運ぶ。

新しい航路の開発によって,米の大量輸送が可能になっている。