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満州事変 のバックアップ(No.2)



歴史Aランク

満州事変(まんしゅうじへん)

1931年〜1933年 柳条湖(りゅうじょうこ)事件に始まる,日本の満州(中国東北部)に対する軍事行動のこと。 日本軍は満州全土を占領して「満州国」を建国したが,国際連盟から脱退するなど日本の孤立化が進むことになった。


【満州事変】

  • 1905年……ポーツマス条約に基づいて遼東(リアオトン)半島南端(旅順(リュイシュン)大連(ターリエン)など)が日本の租借(そしゃく)地となり,「関東州」とよばれる。(「関東」は万里の長城の東にあることからついた名称。)
  • 1915年……二十一か条の要求によって,関東州の租借期間を99か年に延長させる。
  • 1919年……南満州鉄道や関東州の守備隊として設置されていた日本軍の名称が,関東軍となる。
  • 1926年……国民政府の北伐(ほくばつ)がはじまり,各地を支配する軍閥(ぐんばつ)を倒して中国統一を進める。満州での権益が失われるのではないかという日本側の不安が高まる。
  • 1928年
  • 6月……国民政府軍が北京(ペキン)を占領し,万里の長城以南の中国を統一する。満州の軍閥張作霖(ちょうさくりん)は直前に北京を脱出したが,関東軍は張作霖ののっている列車を爆破し,暗殺した。
  • 12月……関東軍に反発した張学良(張作霖の子)が,国民政府への合流を決定する。
  • 1931年
  • 9月……関東軍が奉天(ほうてん)郊外の柳条湖で線路を爆破し,これを中国側のしわざだとして軍事行動を開始する(満州事変のはじまり)。関東軍は日本政府の不拡大方針を無視し,5か月ほどで満州全土を占領する。
  • 11月……の最後の皇帝であった溥儀(ふぎ)が関東軍の説得を受け,清の復興を条件に旅順に移る。
  • 1932年
  • 1月……上海(シャンハイ)で日本軍と中国軍が交戦する(上海事変)。満州から世界の目をそらすために日本軍が仕掛けた事件とされる。
  • 3月……関東軍は溥儀を元首に迎えて「満州国」を建国する。中国の訴えを受けた国際連盟が,リットン調査団を満州に派遣する。
  • 5月……五・一五事件犬養毅(いぬかいつよし)首相が暗殺される。
  • 6月……日本政府が「満州国」を承認する。
  • 9月……日本と「満州国」が日満議定書を締結する。日本が「満州国」から関東州を租借する形になる。
  • 10月……リットン調査団の報告書が公開される。日本の行為を侵略と認めながらも,満州における日本の権益も認める内容であった。
  • 1933年
  • 2月……国際連盟が「満州国」の承認取り消しと日本軍の引きあげを求める勧告を,賛成42,反対1(日本の票),棄権1で可決する。
  • 3月……日本が国際連盟から脱退する。
  • 5月……日本と国民政府が塘沾(タンクー)停戦協定を結ぶ。満州事変は終了するが,長城線(万里の長城)をはさんで両国の対立が続く。