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義和団事件 のバックアップ(No.2)



歴史Aランク

義和団事件(ぎわだんじけん)

1899年〜1901年 中国で義和団が外国の勢力を排除(はいじょ)するために蜂起(ほうき)したが,日本などの連合軍に鎮圧(ちんあつ)された事件。 事件後もロシアが満州に軍をとどめ,や朝鮮への影響力を強めようとしたことから,日本との対立が深まることになった。


【義和団事件】

義和団は,山東(シャントン)省で結成された秘密結社。キリスト教の撲滅(ぼくめつ)や外国人の排斥(はいせき)を求め,教会を襲撃(しゅうげき)するなどの事件を起こしていた。

  • 1899年……袁世凱が義和団を弾圧するが,義和団の勢力が山東省の外へ拡大するきっかけとなる。
  • 1900年
  • 5月……「扶清滅洋(ふしんめつよう)(清をたすけて外国勢力を滅ぼす)」をスローガンに義和団が北京に入る。
  • 6月……日本・イギリス・アメリカ・ロシア・フランス・イタリア・ドイツ・オーストリアの8か国の連合軍(中心は日本とロシア)の派遣が決まる。義和団が北京(ペキン)の外国公使館を包囲して,ドイツ公使らを殺害する。列強との対立を深めた清が,8か国に宣戦布告する。
  • 8月……連合軍が北京を占領する。義和団は壊滅し,清の政府は北京から逃亡する。
  • 1901年……北京議定書が結ばれ,清は列国の華北(かほく)進駐(しんちゅう)権(華北は北京をふくむ中国北部,進駐権は軍隊をおく権利)や巨額の賠償金の支払いを認めた。
  • 日中戦争のきっかけとなった盧溝橋(ろこうきょう)事件を起こした日本軍は,この北京議定書に基づいて北京郊外に置かれていた日本軍である。