歴史Dランク
1819年〜1857年 江戸幕府末期の老中で,日米和親条約を結んだ。 福山藩(広島県)の藩主で,水野忠邦に代わって老中首座となった。ペリーの要求を受けて日米和親条約を結ぶ一方で,朝廷や外様大名をふくむ諸大名から意見を集め,海防の強化などに努力した。
阿部正弘の政治は「安政の改革」とも呼ばれるが,阿部が老中在職のまま39歳で死亡したこともあって,成功しなかった。