勘合貿易 の変更点
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[[歴史Aランク]] **勘合貿易(かんごうぼうえき) [#wf28a4d7] &color(mediumblue){日本と&ruby(みん){明};の間で行われた貿易のことで,日明貿易ともいう。}; [[倭寇]]と区別するために勘合という&ruby(あいふだ){合札};が使われたことから,勘合貿易とよばれている。 -[[室町幕府]]の将軍が[[明]]の皇帝から日本国王の地位を授けられ,&ruby(みつ){貢};ぎ物を差し出す代わりに返礼を与えられるという&ruby(ちょうこう){朝貢};貿易の形をとったが,日本側の利益は大きかった。 -[[室町幕府]]の将軍が[[明]]の皇帝から日本国王の地位を授けられ,&ruby(みつ){貢};ぎ物を差し出す代わりに返礼を与えられるという&ruby(ちょうこう){朝貢};貿易の形をとったが,日本側の利益は大きかった。(当時の明は民間貿易を禁止する政策をとっていて,朝貢貿易だけを認めていた。) -日本はおもに銅・&ruby(いおう){硫黄};・刀剣などを輸出し,生糸・絹織物・銅銭などを輸入した。 ---- 【勘合貿易の歴史】 -1368年……明が中国を統一する。明は倭寇の取り締まりと使節の派遣を日本に求めたが,はじめは九州の南朝勢力と国交を結んでいた。 -1401年……将軍[[足利義満]]が明に使いを送り,翌年日本国王の地位を授けられる。 -1404年……明から室町幕府に勘合が届き,勘合貿易がはじまる。 --勘合……明の発行する渡航許可証。文字の半分の印が押してあり,明側のもつもう半分と照らし合わせて,倭冦ではなく,正式な貿易船であることを確認した。 -1411年……将軍足利&ruby(よしもち){義持};が朝貢の形式を不満として勘合貿易を停止する。 -1432年……将軍足利&ruby(よしのり){義教};が「10年に1回の朝貢」などの条件で明と条約を結び,翌年から勘合貿易を再開する。 -1467年……[[応仁の乱]]がはじまる。 --幕府の力が弱まるとともに,[[博多]]の商人と結んだ大内氏,[[堺]]の商人と結んだ細川氏によって勘合貿易が行われた。 -1523年……中国の&ruby(ニンポー){寧波};で大内氏と細川氏の貿易船が争う。この事件がきっかけとなって大内氏が勘合貿易を独占する。 -1551年……大内氏がほろんで,勘合貿易が途絶える。(この頃から,後期倭寇による密貿易がさかんになる。)