孫文 の変更点
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[[歴史Aランク]] **孫文(そんぶん/スンウェン) [#z38e4295] 1866年〜1925年 &color(mediumblue){中国の革命家で,&ruby(しんがい){辛亥};革命では中華民国の臨時大総統になった。}; [[三民主義]]をとなえて,革命運動の指導者となる。&ruby(えんせいがい){袁世凱};に[[中華民国]]の実権を奪われてからも,中国国民党を組織するなど,亡くなるまで革命運動を続けた。 #ref(sonbun.jpg) ---- 【孫文】 ハワイ,香港で医学を学び,マカオで医師として開業した。その後,革命運動に参加する。 -1894年……ハワイで興中会を組織する。 -1895年……広州で武装&ruby(ほうき){蜂起};に失敗して,日本に亡命する。 -1896年……ロンドンで[[清]]の公使館に捕らえられるが,まもなく釈放される。この事件で,孫文は革命家として広く知られることになった。 -1905年……東京で中国同盟会を結成して総理になる。民族・民権・民生の三民主義をとなえる。 -1911年……中国で[[辛亥革命]]がはじまると,アメリカから帰国する。 -1912年……孫文を臨時大総統とする中華民国が&ruby(ナンキン){南京};に成立する。有力な&ruby(ぐんばつ){軍閥};であった&ruby(えんせいがい){袁世凱};と結び,清をほろぼす。 -1912年……孫文を臨時大総統とする中華民国が&ruby(ナンキン){南京};を首都として成立する。臨時大総統の地位をゆずることを条件に有力な&ruby(ぐんばつ){軍閥};であった&ruby(えんせいがい){袁世凱};と結び,清をほろぼす。 -1913年……独裁化を強める袁世凱と対立し,日本に亡命する。 -1914年……東京で中華革命党を結成する。 -1917年……中国南部の&ruby(カントン){広東};で,同地の軍閥と協力して軍政府をつくる。 -1919年……中華革命党を発展させて,中国国民党を結成する。 -1924年……中国共産党と協力関係に入る(第一次国共合作)。&ruby(ペキン){北京};政府に対抗して,分裂状態の中国の統一を目指す。 --北京政府……袁世凱が中華民国の首都を北京に移したもの。袁世凱の死後も存続したが力は弱く,中国では各地に軍閥がたつ混乱状態が続いていた。 -1925年……軍閥たちと話し合うために北京に入るが,ここで病死する。